堺刀司とは
料理を愛し、料理を楽しむための道具へのこだわりを、堺刀司は追求します。
堺の刃物は、堺市内・仁徳天皇陵の築造工事に用いた鍬鋤などの製造に始まり、その後、刃物へと発展しました。
堺刀司の創業は、文化2年(1805年)。堺刀司の包丁は、株式会社和泉利器製作所にて製作を行っています。
長い経験に培われた職人技術と、「食道楽」の大阪を支えた調理師さんの創意工夫があいまって、すぐれた調理技術が生まれました。
料理を愛し、楽しんでくださる方々のために、料理包丁をはじめとして、鍋、料理ハサミ、調理小物などをご提供しています。
材質・加工・厚み・寸法・重さ・形・色のすべてに使う人の立場に立った「こだわり」を持ち、追求を続けています。
本格派プロ用の道具から、ご家庭でもお使いいただけるプロ仕様の道具まで、「料理を愛し、料理を楽しむための、道具へのこだわりを追求」が、堺刀司のコンセプトです。
堺刀司の包丁
200年にわたる伝統の中で、堺刀司は一丁一丁丹念に包丁を作り上げてまいりました。
名匠に鍛え上げられた技・製法を受け継ぎながら、新しい技術を取り入れ、より高品質の包丁作りに精進しております。
一流品と呼ばれるにふさわしい切れ味、手になじむ感触をお試しください。

創業のころの日本では
堺刀司(株式会社和泉利器製作所)創業のころの日本では
1805年に創業した和泉利器製作所ですが、この年に日本では、どのような出来事があったのでしょうか。
- 1805年
- 地理学者・伊能忠敬が、伊勢・紀伊・山陽・山陰沿岸の測量を行いました。
伊能忠敬ら一行は幕府の命で、山陽・山陰の測量旅行に向けて2月に江戸を出発。途中、紀伊半島の測量に手間どり、瀬戸内の島々の測量は10月に入ってから行われました。この測量は幕府の命とあって、沿岸諸藩も多大な援助を惜しまず、案内人や手伝い人、船などを提供したそうです。 - 1805年10月
- 医師・華岡清洲が、初めて麻酔剤を使った乳がんの摘出手術に成功。患者は60歳の女性で、乳がんは当時不治の病とされていましたが、手術成功の報に、清洲のもとに多くの患者が訪れたそうです。この成功の影に、妻の加恵が自ら実験台となり、失明という犠牲があったことは、小説や演劇などで有名です。
このころ海外では―
フランス皇帝ナポレオン1世が勢力をふるい、ヨーロッパ各国はそれに抵抗し、対仏大同盟を結成。
フランスとの戦争を繰り広げていました。
1805年イギリスは、「トラファルガーの海戦」でフランス・スペインの連合艦隊を破り、ナポレオンのイギリス本土上陸作戦を拒みます。しかしこの戦いでの功績者である、英海軍ネルソン提督は戦死しました。


