包丁の歴史
日本で作られる包丁は、世界的にも高い水準を誇る刃物として広く知られています。
日本刀の高度な鍛練技術と日本料理の特性が基になり、 素晴らしい包丁を作り上げました。
石器時代
包丁のルーツは、黒曜石や石英を使った打製石器や磨製石器です。
弥生時代
この時代に、豊富な砂鉄を使った独特の「たたら製鉄法」が開発されました。
※たたら製鉄法とは、粘土で作った角形の低い炉で木炭を燃料として砂鉄を製錬する、日本古来の製鉄法です。日本刀の素材である玉鋼は、この方法で作られました。一時、この製鉄法は絶滅状態でしたが、1969年に日本鉄鋼協会が復元に成功し、今に至ります。
奈良時代
「たたら製鉄法」で作られた高品質の鋼を使い、折れず、曲がらず、よく切れるという日本刀が生まれます。
この日本刀の技法が和包丁にも受け継がれました。
なお、現存する最古の包丁は、正倉院に十本保存されています。
平安時代
このころになると、調理方法が多用になり、刃物にも種類ができてきました。
貴族の間で、今でいう包丁作法のようなものが流行していましたが、包丁という名前は12世紀の始めまで日本にはまだありませんでした。
鎌倉時代
この時代に、寺院で作られる精進料理が発達していきました。
精進料理は、その料理法に複雑な技法を用いており、そのため包丁の技術もより高度になっていきます。
室町時代
日本料理の原型が完成。てんぷら、寿司、鰻などの料理も現れ、料理屋も誕生します。
出刃、菜切り、鰻裂き、ふぐ引きなどさまざまな包丁がこのころ生まれました。
効率のよい機能性も求められ、今日の包丁にほぼ近い形になり、包丁式(料理の作り方に関する作法)が流行します。
タバコの葉が堺港に入り、堺でタバコの葉を刻む包丁が作られだしたのもこの時代です。
桃山時代
茶会席料理がもてはやされます。
武家の間ですぐれた包丁人を抱え、競わせるようになったことで、ますます包丁が高品質なものになっていきます。
江戸時代
料理文化は上方の方が江戸より進んでいました。
武家の包丁技術を上方の町人がマスターしたからだといわれています。
江戸の町人はてっとり早いつかみ料理や、ぶつ切りといったものが多く、これらの違いが包丁の形にも表れています。
明治から現代
明治時代、西洋包丁が伝わり、主に肉を切ることから牛刀と呼ばれます。
同時に近代製鉄技術も伝わり、牛刀、ペティナイフも国内で作られるようになります。
戦後、さびない利点をもったステンレス包丁が生まれ、たちまち人気を博しました。
また、昭和23年、日本独特の万能包丁として、三徳包丁や文化包丁も考案されました。
最近ではセラミック包丁のように、新素材を用いた包丁も開発されるようになっています。


